第二十四篇 聖蒼決議 前編
著者:shauna


 一週間後・・・

 シルフィリアは魔道学会より裁判への出廷状が届き、フェナルトシティの魔道学会支部に居た。

 今回の事件は、首謀者が魔道学会の人間である以上、彼を逃がしてしまった今、犯人としてあげられるのはシルフィリア・・・

 それぐらいのことは承知していた。


 「いいですか、エンドレ様・・・成すべきことを成されてください・・・」
 「しかし・・・こんなのは・・・」


 そんなやりとりの声が法廷内から聞こえてくる。


 そして、2人がいるのは裁判所の中でも最も巨大な大法廷の“被告人”の入口の巨大な扉の前・・・。
 その立場に置いて両手を手錠で拘束されたシルフィリアは・・・

 「御客様入口は久々ですね・・・」

 とコロコロと笑っていた。

 「シルフィリア・・・本当に大丈夫・・・こっちは俺と君しかいないけど・・・」

 隣で自分と同じように手錠に拘束されたアリエスが言う。

 「なに・・・裁判とは民主主義ですよ・・・。所詮は有罪か無罪かの過半数投票です・・・。それに、こちらは今回お願いしに行く立場ですよ・・・その民主主義において、無罪にしてくださいと・・・。」


 「へぇ・・・」


 アリエスが邪悪に微笑む。それを横目にシルフィリアも同じように笑い、呟く。

 「みんな好きでしょう・・・民主主義は・・・」


 「コソコソと無駄口を叩くな!!」
 後ろの憲兵に注意され、2人は口を閉じる。

 「まもなく、裁判が始まる・・・先にシルフィリア被告が尋問を受けることとなる。アリエス被告はその間、壁際に立っていろ・・・だが・・・」

 説明をしていた衛兵がシルフィリアを見て、眉をひそめる。

 「本当に良かったのか・・・弁護人を付けなくて・・・」
 「ええ・・・私自身で弁護します。執政官ならその資格もありますよね?」
 「まあ・・・その通りだが・・・。」



 ジリジリというけたたましいベルの音が鳴り響く。




 「そろそろ、時間だ・・・出廷の準備はいいか?」
 「ええ・・・いつでも・・・」



  ※       ※        ※


 
 大法廷は予想以上の広さだった。

 被告人席を取り囲む形で円形三段になっている陪審員の席には余すところなく深緑や深紅の法服を着た魔道学会の魔道士達が50人程座り、被告人席の丁度正面にある一段と高い席には陪審員長であるらしき、金の装飾の付いた黒い法服を着た男が座っている。
 そして、被告人席兼証言台となっている大法廷のど真ん中にシルフィリアは手錠をかけられたまま、一人用の檻のようなモノに入れられて閉じ込められていた。
 まあ、大法廷なんて凶悪犯を裁くためにあるようなもので召集されるようなものであるから、必要な措置なのだろう。

 『これより、魔道法廷を開廷する。被告人“シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア”。尋問人、魔道学会Sランク魔道士“エンドレ=リブラット=ドローレア”。検事 B級執政官“マウリッツ=エッシャー”・・・』

 その名前にシルフィリアがピクッと反応する。
 どちらも魔道学会において、それなりに有名な名前だ。
 まあ、もちろん”良い評判で”というのとは真逆に当たるが・・・


 「起訴状を読み上げます。」

 マウリッツと呼ばれた男が高らかに発言する。
 
 「被告人、シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリアは水の月15日の深夜1時15分にフロートシティ国立図書館において、一般には閲覧、及び持ちだし禁止の書類である“インフィニットオルガン”の楽譜、及びマニュアルを窃盗し、さらに翌々日水の月17日に追跡していた魔道学会魔道士を攻撃し、23人の学会所属魔道士を重体とし、その救護義務を怠り、同日深夜、フェナルトシティの大聖堂へ無断で家宅侵入を企て、魔道装置インフィニットオルガンを起動し、大量の魔族を召喚。その処理に向かった学会所属魔道士フラント=シュピアとリオン=スターフィを重傷とし、同魔道士であるクロノ=リュティアを死亡させ、また、前述装置によって起こした津波により都市一つを崩壊に追い込もうとした容疑である。よってこれに対し、魔道学会は刑法130条“住居侵入罪”及び、同235条“窃盗罪”、同95条、96条“公務執行妨害”及び“強制公務執行妨害”、同203条“殺人未遂”、同199条“殺人”またテロ行為については・・・」

 そんな言葉を聞きながらシルフィリアは必死に欠伸を噛み殺す。

 それにしても・・・テロ容疑だけかと思ったら、また、ずいぶんとトッピングを付けてくれたものだ。ある事無いこと、根掘り葉掘り・・・まったく・・・そんなことしなくても、最後の一つだけで罪名は決定するというのに・・・全く以って、無駄な事を・・・

 「・・・よって、我々魔道学会検事部は、被告人シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリアを世界滅亡未遂とし“断頭台送り”に処する事を求刑する。」

 やっぱりそうなったか・・・

 とシルフィリアはものすごく小さく短くため息を吐いた。

 果たしてこれで何度目だろうか・・・そういった類の冤罪に問われるのは・・・いや、過去にあった様々な事は置いとくとして・・・本当の殺戮兵器だった時代の事は忘れるとして・・・

 「被告人・・・今の見解に対して何か反論はあるか?」

 まるで形式的に陪審員長が効いてくる。

 「まず、国立図書館での窃盗事件には私は関与してません。続いて、フェナルトシティにおいての事件ですが、学会魔道士の追撃に対し反撃したのは、冤罪であるにも関わらず、捕縛されそうになったからです。この場合、第三者への権利の侵害として自己防衛が認められるはずですが・・・それにテロ容疑については、これは全くの事実無根。実際、私は一度、フラント=シュピアから命令されたクロノ=リュティア、リオン=スターフィ両名が国家反逆未遂を行う現場を目撃しています。この場合、例え民間人であろうとも、容疑者を逮捕することが法律で認められ、そしてその後、私はフラント=シュピアより命にかかわる程の致命傷を負わされました。そして、この時に正当防衛として反撃したのが、結果としてシュピアを重体に追い込んでしまったのだとすれば、この件に関しての罪は到底現在の法律では問えるものでは無・・・」




 「ああ・・・もういいよ・・・」



 シルフィリアの説明を陪審員長が止める。

 「一生懸命考えてきた嘘を遮って悪いが・・・検事の側から物的証拠が提出されている。」

 その声に合わせるようにして検事がガラスケースに入った様々な物を提示し始めた。

 「まず、最初の強盗事件ですが、事件当日に図書館の監視をしていた学会魔道士ロビン=ゴールドウィンが白い髪の女性を見たと証言しました。確かにこれはリオンも該当しますが、魔道学会に所属する魔道士がわざわざ夜に忍び込むメリットがありません。よってこれは被告人であると断定できます。次にフェナルトシティの公務執行妨害についても彼女に傷を負わされた魔道士全員に彼女の時切絵を見せたところ、『この人物である』という証言をしております。そして、最後のテロ容疑に関しても、大聖堂内に落ちていた髪の毛を鑑定したところ、彼女のモノに間違いはなく、また、彼女の証言を信じるとするにしても、魔道学会所属の魔道士がテロなどするメリットがありません。よって彼女の発言は、犯人隠避を狙った虚言に過ぎないのです。」
自身たっぷりに言う検事の発言に、大法廷全体から拍手が飛ぶ。


 「まあ・・・それでももし、自身の言うことが本当だということを証明したいのなら・・・」

 満足気な検事はニヤリと笑ってシルフィリアの方を見つめる。

 「見せて貰いましょうか・・・シュピアに受けたという傷跡を・・・」

 シルフィリアが怒りを堪える様に静かに顔を伏せる。

 「それはつまり・・・この場で私に『服を脱ぎ、肌を晒せ・・・』ということでしょうか・・・」
 「本当に傷跡があるなら、できますよね・・・。私でしたらその程度のことで自分が有利になるのだったら、喜んでこの場で服を脱ぎますよ?」
 
 何か問題でも?と言いたげに手を横に広げる検事に向かって今にも飛びかかりそうになった。

 女の子に50人の男女の衆目の前で服を脱げと!!?裸になれと!!!
 しかも、例え脱いだとしても、「その傷が本当にシュピアに付けられたものだと、どう証明しますか?」と言われればそれまで・・・血液鑑定の時の言葉から察するに、おそらく聖堂内にたっぷりと残っている筈の自分の血液は採取すらされていないのだろう。
 いや、より正しく言うのであれば、既に聖堂内にたっぷりと残っている筈の自分の血液は既に拭きとられ、油とアルコールで見事に磨き上げられ、その痕跡すら見付けられないはずだ。
 
 脱がなければ、犯人としての可能性をさらに高めることとなり、脱いだとしても現状が維持されるだけ・・・いや、女性の裸をタダで見れるのだから、ある意味相手に利得があるとも言えるか?
・・・もちろん、向こう側しても、そんなことは百も承知の上での質問なのだろうが・・・。

 だが・・・

 ・・・・・・

 この状況にシルフィリアも全てを納得した。

 
 ああ・・・なるほど・・・

 やっぱりそういうことか・・・。


 それは、ある意味納得の結果でもあった。

 すなわち、この裁判自体が自分を犯人にすることを前提に仕組まれた出来レースなのである。

 「どうやら、傷の話は嘘のようですね・・・。この場で一つの判決を取ります。被告人シルフィリアの“犯人隠避”の罪に賛成の方・・・手をお挙げください。」

 検事の言葉に全員が手を上げる。


 ほう・・・検事と陪審員長だけかと思っていたが・・・どうやら違ったらしい。

 すなわち・・・この大法廷に居る全員が“空の雪”のメンバー・・・。


 「被告人・・・何か弁論はあるか・・・。」

 陪審員長の問いかけに対し・・・



 「証拠の提示を求めます。」

 
 「それはさっきしたでしょう?」

 シルフィリアの意見に検事が嘲笑いながら告げる。

 「いいえ・・・私はまだ、自身の耳で証人の証言を聞いていません。すなわち、この法廷において、私自身が冤罪でないという証明は何一つなされていないのです。よって、ここに・・・証人の提示を要求します。」
 「証人にはプライバシーがあります。よって、これを受諾できません。」
 意地悪そうに検事が言う。ならばとシルフィリアは・・・

 「・・・では、私の傷跡と同じように・・・証明はできないということでしょうか・・・」
 「なっ!!」
 「推定無罪という言葉を知っていますか?”裁判で有罪となるまで、基本的に被告人は無罪であるものとして扱われる。”法律の基本中の基本ですよ。」

 そうちょっと挑発すると・・・
 検事の男がヒソヒソと近くの憲兵達と話を始める。
 
 その内容を耳を欹てて聞いてみると・・・

 「シュピア、リオンの口合わせは・・・」
 「大丈夫です。2人とも完璧に口裏を合わせられるように手配しております。」
 「ロビンはどうなっている・・・」
 「そちらも完璧かと・・・。質を取って束縛しました。こちらに不利な証言をすることは有り得ません。」
 「本当だろうな・・・」
 「誓って・・・」


 一通りの話を終えると、やっと検事の男が振り向き、シルフィリアに笑みをこぼす。

 「失礼した。陪審員長。被告人の証人の提示を認めます。」

 まさか、先程の小さな言葉でのやりとりが本当に聞こえていなかったとでも思っているのだろうか・・・確かに一般人なら間違いなく聞こえないだろうが、聴覚を少し魔法で強化すればあの程度の会話軽々聞き取れる。こういう情報は・・・

 「ありがとうございます。」

 聞いておかないに越したことはない。

 「では、まずシュピアとリオンの証言からお聞かせ致しましょう。」

 検事の男の言葉と共に証言台の後ろの扉が開かれ、一週間ぶりに見る2人が現れた。
 どちらも、全身に包帯を巻き、シュピアに至っては全身骨折と全関節負傷のため、車イスだったが、2人とも自分に向けている眼だけはものすごく憎悪に満ちていた。
 
 そんな状況にもシルフィリアはだたクスクスと笑う。

 「一人前なのは殺気だけですね・・・」
 「何か言ったか?」
 「いえ・・・なんでも。」


 「では、まずシュピア殿、事件の概要をお聞かせ願えますか?」

 検事の言葉にシュピアが頷く。
 そして、シュピアの口から語られる証言・・・それはもはや聞いてて笑ってしまうようなモノだった。

 自身の悪行には一切触れず、自身を悪者にする為に造り上げ、仕立て上げた嘘の数々・・・。

 それはもう、本当に悪者そのものであり、逆に言ってしまえば、シルフィリアが見たシュピアそのモノだった。

 「魔法を独占しようと企み・・・」「インフィニットオルガンを取り戻そうとした私を切りつけ・・・」「再度向かった私を嘲り・・・」

 どれもこれも・・・バカバカしくて・・・

 思わず笑いをこらえる為に数回口元に手を運ばなければならなかった。

 リオンの証言も大体同じ・・・ただし、自分をこんな状態にしたのがロビンだという部分だけは、「シルフィリアに汚い不意打ちを食らった」と変更されていた。
 同じ魔道学会の人間がやったとなると話がややこしくなるし、下手をすればボロがでるかもしれない。中々に考えられている・・・いや、単純にBランクの彼女がDランクのロビンに負けたなどという風評を流したくないという保身の心からか・・・


 まあ・・・どちらにしても同じこと・・・。彼らの口からは予想通り、シルフィリアに有利な証言が飛び出すことは無かった。

 
 さて・・・

 「では、次に・・・ロビン=ゴールドウィン氏の証言をお聞かせ願えますか?」
 未だこちらを恨みたっぷりの目で睨んでいるシュピアとリオンを涼しく受け流し、シルフィリアはマウリッツにそう告げる。


 「わかりました。では、証言者“ロビン=ゴールドウィン”・・・壇上へ・・・」

 
 その言葉と共に壇上に上がったのは確かにロビン本人だった。
 もしかしたら、偽物を用意するんじゃないかとも思っていたが、流石に公文書に残る裁判においてそれはマズイと感じたのかも知れない。あるいは、そこまで頭が回らなかっただけか・・・
 
 けれど、先程から見ているとロビンの様子がどうもおかしい。足は震えているし、顔は青いし・・・体調不良か何かだろうか・・・いや・・・もしかして・・・
 壇上に上がりきったロビンは肩で息をしながら俯いたままだった。
 一週間前に「今回のことを魔道学会に報告してくる!!」と意気込んで別れた時とは完全に別人。

 「それでは、証言者 魔道学会Dランク魔道士“ロビン=ゴールドウィン”・・・早速質問だが・・・君が警備を担当していた図書館を襲撃した犯人は、今この法廷内に居るかね?」

 マウリッツの質問にロビンは小さく頷く。

 ここまでは、法廷内にリオンがいる為、間違ってはいない。だが・・・

 「それは誰か・・・教えてくれるか・・・?」
 
 その質問に対し、ロビンは・・・



 震える手でシルフィリアを指差した。



 それに対し、シルフィリアは怒るでも喚くでもなく、納得しかしなかった。
 やっぱり・・・これも思った通りだ・・・。
 とはいえ、一応間違っている可能性もある為、確認することにする。

 シルフィリアは頭の・・・丁度額の中央辺りに魔力を集中させ・・・


 (ロビン様・・・ロビン様・・・)


 静かに念を送る。すると、ロビンにも届いたらしく、静かにその青い顔を上げた。
 不安を感じさせない様にニッコリと微笑みながら念話を続ける。

 (大丈夫です。現在、この会話は私とあなたしか聞こえてません。いいですか・・・何故嘘をつくのか・・・その理由だけ教えて下さい。お願いします。)

 まるで姉が悪戯した弟に「怒らないから言ってごらん」と諭すような優しい口調でシルフィリアが問いかける。

 (・・・実は・・・妹が・・・)
 (妹さんが?)
 (あの後・・・魔道学会に報告に言った直後・・・空の雪に捕縛されて・・・それで・・・)
 (「口裏を合わせろ・・・さもないと、妹がどうなっても知らないぞ。」とでも?)
 (はい・・・それで僕が「殺す気か!!?」って言ったら・・・)
 (どうせ「殺しはしないが・・・」とか言って、女の子として生きていけなくなるような辱めを味わうことになる・・・とでも言ったんでしょう?)

 その一言に、ロビンが驚いたように顔を上げる。その目は随分と悩んだらしく、赤くはれており。頬には幾重もの涙の痕が残っていた。

 (どうして・・・それを・・・)
 
 やっぱりか・・・とシルフィリアは長い溜息をついた。まったく・・・何で悪人というのは成長しないんだろう・・・もう少し、頭の良い人質の取り方とか考えればいいのに・・・。

 (いえ・・・何でもありません。大丈夫です。あなたの意志で言ってないことはしっかりと分かりましたから・・・)

 もう流石に疲れてきたシルフィリアは最後に長い長い溜息をついた。


 「ふむ。観念したのかな?被告人。」

 その溜息をどんな風に勘違いしたのか、検事の男がそう問いかけてくる。


 さて、どうしたものか・・・仕込まれた陪審員、嘘の証言、敵は公的機関・・・

 第三者の立場から見れば、状況は完全なる不利・・・

 そんなシルフィリアの胸中を知ってか知らずか、陪審員長兼“空の雪”委員長はここぞとばかりに行動に出る。


 「これより、最終弁論を開始する。被告人。何か言いたいことはあるか?」


 この状況において言いたいこと?そんなのは、全世界の木を切り倒して原稿用紙を作ったとしても足りない気がする。




 「司法取引としませんか?」



 ならばとシルフィリアはそう口にする。

 「司法取引だと?」
 その言葉を待っていたかのようにマウリッツが反応した。
 
 そう・・・彼らはおそらくこの一言を自分が言いだすのを待っていたのだ。
 
 何故なら、彼らの目的は、自分を断頭台送りにすることなどではなく・・・自分を・・・果ては聖蒼貴族を手中に収めることなのだから・・・

 「こちらの差し出す条件は、聖蒼貴族の全情報の開示・・・それで私の刑をどこまで軽くできます?」
 「ならば被告人の罪は懲役200年といった所まで減らすことのできるよう努力しよう・・・。」

 なるほど・・・私から買った情報で、聖蒼貴族全員を逮捕する。そして、自分と同様に理不尽な裁判にかけて、全員を有罪に持ち込み、懲役に処する。すると、服役囚には労働の義務が生まれるので、捕えられた全員は魔道学会に従わなければならない。よって、聖蒼貴族は実質的に魔道学会“空の雪”に乗っ取られる形となる。

 良く考えたモノだ・・・。

 
 さてさて・・・


 では・・・


 そろそろ・・・






 怒ることにしようか・・・





 「被告人。司法取引の内容はそれでいいかな?」
 マウリッツの言葉にシルフィリアが微笑む。

 「ええ・・・でも、その前に一つ・・・。」
 「なんだね?」
 「なに・・・陪審員長に、一つ質問を・・・」
 「言ってみたまえ。こちらが応えられる問題な限りは答えよう。」




 「世界を統べる資格とは何ですか?」

 笑顔のシルフィリアにエンドレは誇らしげな表情で答える。



 「名誉とプライドだよ・・・。人が人を統べるにはね・・・」


 即答したエンドレの言葉にシルフィリアは微笑み。


 「なるほど・・・悪くない答えです。」

 と返す。


 「ですが・・・私の答えは少し違いますね・・・。」

 「ほう・・・聞かせてもらえるかい?君の意見を・・・」




 「世界を統べる資格・・・それは・・・民衆の支持と組織の実力。そして・・・危機的状況に置いて、迷える者を救うありえない所業。『重ねられる奇跡』です。」



 「何を言って・・・」

 シュピアがそう言いかけハッと気が付く。

 「いけない!!!何か仕込んで・・・!!!!・・・」

 そう言いかけた時・・・


 大聖堂の天井の中央に開いた天窓からあるモノが見えた。

 それは星だった。

 「彗星!!!?」

 リオンが大声で叫び、それと同時にシルフィリアとアリエス以外の全員がその場から逃げようとするが、法廷には通常、被告人が逃げ出さぬよう外側から鍵をかけることが規則となっているため、開くはずもなく・・・
 
 それどころか・・・

 「おい!!!ここを開けろ!!!」

 誰かが大声でそう叫んでも、外側で待機しているはずの憲兵の返事すらなく・・・。

 尚も近づいてくる彗星はついに・・・

 天窓を突き破った。


 壮絶な爆音と共に瓦礫とガラス片が法廷全体に散らばり、魔道士全員が顔を一時背ける。


 「な・・・何ごとだ・・・」

 ゴホゴホと咳き込みなら年老いた魔道士がそう呟くと同時に・・・
 誰もが顔を青くした。


 落ちてきたもの・・・

 それは彗星なんかじゃなかった。


 それは一頭の黒竜だった。


 ワイバーンと呼ばれるドラゴンの亜種で、主に騎竜として用いられることが多く、中でも黒竜は乗りこなすことが非常に難しい竜種。そして、それに乗っていたのは・・・
 金髪を部分的に三つ編みにしたゴーグルをしていても分かる美形の男・・・そして、その人物をその場にいる誰もが知っていた。

 「サ・・・サージル=ハルトマン!!!」「世界最強の竜騎士が何で!!!」

 その名と素性を誰かが叫び、それを聞いてうろたえる陪審員達と笑うサージル。

 「姫ちゃんへの無礼は許さないぜ?」

 ジルがそう叫ぶと同時に、竜が大声で咆哮を上げ、口元に炎を蓄えながら威嚇する。


 「な!!!何をしている!!!衛兵!!!衛兵!!!乱心者だ!!!捕えよ!!」


 その様子に恐怖を覚えたエンドレが大声でそう叫ぶ。
 しかし、その言葉に対して・・・



 誰も応じる者はいなかった。



 「なんだ!!!!何が起こっている!!!!」

 うろたえるエンドレ・・・。その元に何やらボーリングのボールのような物がゴロゴロと転がってきて、エンドレの座る陪審員長席の下にゴンと音を立てて止まった。
 それと同時に・・・

 「ヒッ!!!」

 エンドレが悲鳴を上げる。なぜなら、それはボーリングのボールなどではなく・・・


 死んだはずのクロノの生首だったのだから・・・



 「ストラ〜イク・・・」


 そう言ってシルフィリアの後ろの扉が開く。そこに立っていたのはオレンジ色の髪をした長身の男だった。
 
 「ル・・・ルシファード=ヴィ=カリゲラ!!!!」「ガルス帝国の吸血鬼!!!」

 またもやその場に居た全員がどよめく。対し、ルシファードは・・・

 「しっかり記憶しとけ・・・お前らを殺すかも知れない男の名だ・・・」

 とあざ笑うかのように胸元から出した真っ赤なナイフを手元で遊ばせた。


 この異常事態に完全にパニックになったエンドレは・・・


 「ええい!!!お前達!!!何をしている!!!召喚術が出来る者!!!魔族でも魔人でも召喚して、この者共を成敗しろ!!!」

 と今度は陪審員を叱責する。その叱責に慌てた陪審員は慌てて自身の召喚具を取り出し・・・


 「「「「「魔族召喚(サモン・デモン)!!!!」」」」」


 数十人が同時に唱え、法廷内に30体を超える魔族が召喚される・・・と同時に、シルフィリア達に襲いかかろうとして・・・


 ピタッと動きを止めた。時を同じくして法廷内に美しい竪琴の音色が響き渡る。

 全員がその音の根源を探す中、最初にリオンがその人物に気が付いた。

 法廷内の柱に寄り掛かりながら、竪琴を奏でる黒の燕尾服と白のローブで全身を覆った金髪碧眼の美女・・・



 「モニカ様!!!」


 誰よりも先にリオンが驚いた。

 「モニカ・・・モニカ=マリアンヌ=クリスティアーネか!!!」「精霊の支配者!!!」「ロンドベル魔法騎士団総長!!!」

 やはり全員がどよめく・・・。

 「あなたが何故ここに!!!」

 リオンの顔が恐怖に染まる。

 「リオン・・・」

 モニカと呼ばれた美女が話し出す。

 「私はあなたをそんな風にする為に召喚術をおしえた記憶は・・・ありませんよ・・・。」

 その冷たい声にリオンが体を震わせた。



 「たくさんの魔族を召喚して下さり、ありがとうございます。おかげで・・・私自ら傀儡を召喚する必要が無くなりました。」

 「だったら、魔法で殺すまで!!!禁呪でもなんでもいい!!!奴らを葬れ!!!!」

 エンドレの悲痛な叫びに全員が胸元から杖を取り出す。しかし・・・



 杖は取り出した者から順にバキバキと音を立てて折れていった。



 シュピアが目を凝らして見る。すると、そこには・・・何かが超高速で飛んでいた。

 
 結局、全員の陪審員達の杖が犠牲となる。

 そして、その人物はあろうことか、天井からぶら下げられていたシャンデリアの一つのからシルフィリアの目の前に飛び降りた。

 
 「我(ワタシ)の庭の秩序を乱すのってこの鼠達?」

 
 それは長く美しい黒髪を豪華な水引のように編んだ、ものすごく綺麗な東洋系の美少女だった。黒の旗袍の上に白の漢服を羽織っている。そして、それと同時に空中で飛び回っていた何かが彼女の周りに集まりまるで霊魂のように空中に漂い始めた。それは・・・


 「麻雀牌・・・だと?」

 誰かがその物体の名を言った途端に彼女の正体を皆が語り出す。

 「ということは・・・こいつまさか!!!」「ラン・リーファだ!!!」「東洋最強の魔女!!!」「ラン・リーファってあの・・・貿易会社支店長にして、東洋マフィアの首領のか!!!?」「黒猫リーファ!!!」

 「我(ワタシ)の庭を荒らした汚い鼠にはしっかりとお灸をすえないとネ・・・」



 そう呟くと、彼女の周りを浮遊していた麻雀牌が流星の如く尾を引いて飛び散り、その場にいる陪審員全員と検事マウリッツとそれからロビンを除いた証言者の額の前で静止する。


 「気ヲ付けたほうが良いヨ。その牌はすべて、魔法の符。今は爆破に設定してル。触れればその場で・・・ドカンッ・・・だから・・・。」

 「「「「「なっ!!!!」」」」」」

 リーファの言葉に会場全体がどよめく。
 
 「ちなみに爆破威力も様々・・・。デモ安心していいヨ。小さければバスケットボールぐらい。大きくても、直径2mぐらいだかラ・・・。まあ、運が悪ければ死ヌ。良ければ、大火傷。デモ・・・」


 「死ななかった奴は俺が跡形も残らないぐらいグチャグチャに解体してやるから、安心しろ・・・。」

 ルシファードが喜々としてそう言う。



 その間に、ジルの竜がシルフィリアの入れられていた一人用の檻を噛み砕き、それからジルが彼女とアリエスの手錠を断ち切り、2人に竜の背中から、ヴァレリーシルヴァンとナルシルを手渡した。


 「そんな事をすれば!!!魔道学会が黙って無いぞ!!!!」


 シュピアの言葉にエンドレも便乗した。

 「そうだ!!!そうなれば聖蒼貴族もおしまいだろ!!!」



 「安心しろよ・・・」


 それに応えたのはジルだった。

 「もし、この場で全員が死んだら、全員が脱出した後に、俺が俺の騎竜“グスタフ”でこの法廷をある程度火の海にする。そうすれば、ここに残るのはケシスミになった杖を持った魔道学会“空の雪”の面々の死体となった被告の檻。そうなると、魔道学会はどう判断するかな?」



 「まあ、大方、開廷中に錯乱した飛竜が法廷に侵入し、陪審員と検事の面々を殺害後、抵抗できない被告人を餌にして去って行ったってのが妥当かな?」

 アリエスの説明に検事の男が言い返す。



 「馬鹿な!!ならば、お前達聖蒼貴族にやられたという言い訳だって出来るんだぞ!!!」


 「ほう・・・誰が言い訳する?この場でここの全員が死ぬというのに・・・いやはや・・・”死人に口無し”とはよく言ったモノだね・・・。」

 その声は法廷内に静かに響き渡った。
 
 コツコツと足音を立てて、被告人の入廷用のドアを開けて入ってくる男と女。
 一人は黒のスーツに純白のコートを羽織った中年の男。そしても一人は黒のワンピースに白のショートジャケットを合わせた若い女性だった。


 「お・・お前は・・・クリスティアン・・・クリスティアン・ローゼンクロイツ!!!」
 「馬鹿な!!!フロート公国の元老院議員・・・主席外交官のお前が!!!何でそこに立っている!!!」

 シュピアとエンドレが必死に言う中、クリスティアンは2人の言葉を完全に無視し、微笑む。

 「シンクラヴィア・・・よく見ておきなさい。これが・・・シルフィリアの策略だ・・・。」
 
 その言葉に隣に立っていた女性がコクッと頷いた。


 「さて・・・困ったことになりましたな・・・。魔道学会Sランク魔道士、エンドレ殿・・・それとも公安綱紀粛正委員会委員長とお呼びした方がいいのかな?いや・・・それだけじゃない。ここに居る魔道士全員が困っている。そうだろ?なにしろ、今から殺されるかもしれないのだから・・・」


 「我々を脅迫するつもりか!!!」


 「おっと・・・脅迫なんて人聞きの悪い・・・ただの交渉だよ。そう言うならば・・・民主主義だ。」

 エンドレの悔しそうな表情にクリスティアンは手を広げ、訳分からないとでも言いたげなポーズをする。


 「・・・さて・・・陪審員長?」

 その恐ろしく冷静な声にエンドレはすぐにその声の発生源・・・シルフィリアを見る。

 「そう言えば、私の裁判中でしたね・・・。判決を決めて貰いましょうか?ここに居る全員の挙手によって・・・」

 この状況での投票・・・それは、相手の首にナイフを突き付けられた状態で「私って有罪?」と問うているに等しい。

 「このようなやり口・・・」
 「認めざるを得ないはずですよね・・・。」
 「くっ・・・」
 「さて・・・始めましょうか・・・”民主主義”を・・・」

 もはや民主主義の欠片もない・・・完全なる脅迫の一言を眉ひとつ動かさず、にこやかに言い放つシルフィリア・・・。



 しかしこの時・・・被告人が入ってくるドアとは丁度反対側・・・



 エンドレの座る議席の真下の証人用扉からはコツコツという靴音が近づいていた。



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